このエントリーをはてなブックマークに追加 2018年5月19日 | タイムライン, 東原兄弟, 筋トレに使える“科学的根拠”の正しい理解 |

【筋トレに使える“科学的根拠”の正しい理解:第3回】「科学」はみなさんが思っているほど完璧ではない

 前回は「世の中にどれだけデタラメが溢れているか」という話をし、その流れで、サプリを売る会社というのは頻繁に“科学的”という用語を利用して宣伝をするという話をしました。今回は「そもそも、科学そのものが、みなさんが思っているほど完璧ではない」という話をしようと思います。

 

■「科学」とは

 まず極論を言うと、「科学によって効能が証明されたサプリ」などというものは存在しません。科学的結論というものは、たくさんの論文の積み重ねで得られるものであり、かつ常に覆る可能性をはらんでいるものだからです。

 

 多くの方が科学というものを次のように捉えていると思います。

・仮説を立てる

 “新サプリX”をとある研究者が開発し、「新サプリXは筋肥大に効果があるのではないだろうか」と仮説を立てる。

・実験により検証する

 実験の結果、新サプリXは確かに筋肥大に効果があることが確認され、研究者は論文を発表する。

・新たな科学的事実が出来上がる

 「新サプリXは筋肥大に効果がある」という科学的事実が出来上がる。

 

 このような科学界の理解の仕方は間違っています。正しい科学界の理解の仕方は以下のようなものです。

 

・仮説を立てる

 “新サプリX”をとある研究者が開発し、「新サプリXは筋肥大に効果があるのではないだろうか」と仮説を立てる。

・実験により検証する

 実験の結果、新サプリXは確かに筋肥大に効果があることが確認され、研究者は論文を発表する。

・他の研究者たちが追試する

 他の研究者たちが、発表された論文の実験を繰り返してみたり、別の方法で本当に新サプリXに筋肥大効果があるのかどうかを調べたりする。

・新たな“いまのところの”事実が出来る

 いろいろな研究者が試した結果「新サプリXめっちゃ効くやん!」という結論に至った場合、「新サプリXは筋肥大に効果がある」という“今のところの事実”が出来上がる。

 

 

 つまり、「科学的」とは、あくまで「現時点ではそれが正しいと判断することが合理的である」という意味であり、ひとつの“いまのところの”科学的事実を作り上げるためにはたくさんの論文を積み重ねなければならないのです。

 

■論文の「再現性」について

 さらに、この「論文の積み重ね」というものも一筋縄では行きません。誰かが提唱した説や実験結果を他の研究者が追試をすることを“再現をとる”と言いますが、世の中の科学論文にどれぐらい再現性があると思いますか? 2015年に、Scienceという有名科学ジャーナルが「有名な科学雑誌で発表された心理学の論文100本を再現が取れるかやってみた」という試みをしたのですが、なんと100本中39本しかオリジナル論文で発表されたものと同じデータを再現することができませんでした。

(参考リンク:Estimating the reproducibility of psychological science

 

 思ったよりもすごく少ないですよね。これは心理学の場合ですが、基本的に栄養・生化学の分野でも同じようなことが起こっています。

 

 困りましたね。世の中にはたくさんの、他の人が再現できない、つまり結論に懐疑をもたれるべき論文がたくさんあるのです。よって、例で出したように、新サプリXが効くという論文が出て世間を騒がせたとしても、実験の再現が取れなかったり、いや効かないよという反証論文が出たりすることが多くあるのです。実際は「新サプリX効くよ!」というポジティブな論文と、「新サプリX効かないよ…」というネガティブな論文が積み重なり、「新サプリXはポジティブな論文がこれだけあって、だけどネガティブな論文もこれだけあって、総合すると効くかもしれないけどまだもっとデータが必要だね」といった状況にあることが多いのです。

 

■出版バイアス

 さらに、これに関連して科学には重要な問題がもうひとつあります。「出版バイアス」と呼ばれるものです。『「新サプリX効くよ!」というポジティブな論文と、「新サプリX効かないよ…」というネガティブな論文が積み重なり』と今しがた述べたばかりですが、実はこの「新サプリX効かないよ…」といったネガティブなデータは発表されることは少ないのです。

 

 なぜでしょう?

 まず、根本として、多くの研究者は「大きな発見をしたい」といった野望を持っています。私も大きな発見をしたいです。また、「大きな発見」をすると研究費をたくさんもらえ、もっと壮大な研究ができるようになります。逆に誰も気にかけないような研究ばかりしていると、研究費というのはもらえません。

 

 するとどういったことが起こるのでしょうか?

 みなさんは「新サプリXを投与したら、筋肉の合成を刺激できた」 と「新サプリXを投与したが、特に何も起こらなかった」 という二つの論文があったら、どちらの方が面白いと感じますか? おそらくほとんどの方は 「新サプリXを投与したら、筋肉の合成を刺激できた」 のほうですよね。研究者だってそうなのです。つまり、研究する側は「よりポジティブな」研究結果を論文にします。そして、ネガティブな結果は発表されずに、実験ノートの中にしまわれたまま、闇の中へと消えていくのです。実際に、発表されている論文の90%はポジティブな結果だと言われています。

 

 するとどういったことが起こるでしょう?

 例えば、「新サプリXを投与したら、筋肉の合成を刺激できた」というポジティブな結果の論文が2本発表され、世界中の研究室の机の中に「新サプリXを投与したが、特に何も起こらなかった」という論文10本分のネガティブなデータが眠っているとします。その場合は実験結果としてはポジティブな結果が2本、ネガティブな結果が10本で本来は「新サプリXは効かない」と判断するのが妥当であるはずです。しかしながら、ポジティブな内容の論文のほうが世に出やすいというバイアス(出版バイアス)により、「効く」と判断するのが妥当であるように見えてしまうという状況が発生してしまうのです。

 

■科学の手法が成果を上げることができる理由

 ここまで見てきたように、科学は、たくさんの論文を積み重ねてやっとひとつの“今のところの事実”にたどり着くことができるというものであるにもかかわらず

1. 発表論文の再現性

2. 出版バイアス

 といった問題を抱えています。このような状況下で、研究者というのは日夜新しい発見をしようとしているのです。

 

 こういった話をすると、「科学は全く信用できないもの」といった感想を抱かれてしまうかもしれません。しかし、これらの問題を抱えながらも、科学の世界というのは上手に回っています。確かに再現性が取れない論文はたくさんあるのですが、面白い研究であれば、人々はそれを再現しようとし、再現の失敗が続けば「これおかしくないか?」とすぐに話題になるからです。

 例えばHMBが筋肉増強剤並の筋肥大効果を示すという論文が、2013-2016年にかけて同じ研究グループから数本発表されました。

β-Hydroxy-β-methylbutyrate free acid reduces markers of exercise-induced muscle damage and improves recovery in resistance-trained men.

 

The effects of 12 weeks of beta-hydroxy-beta-methylbutyrate free acid supplementation on muscle mass, strength, and power in resistance-trained individuals: a randomized, double-blind, placebo-controlled study.

 

Interaction of Beta-Hydroxy-Beta-Methylbutyrate Free Acid and Adenosine Triphosphate on Muscle Mass, Strength, and Power in Resistance Trained Individuals.

 

 世間はHMBの効果の高さに驚きましたが、すぐにこれらの論文に疑問を呈するコメント記事が発表されました。

Changes in body composition and performance with supplemental HMB-FA+ATP.

Discrepancies in publications related to HMB-FA and ATP supplementation.

 

 また、実際にHMBは筋肥大には効かないという論文も発表されています。

 他にも、2016年にNgAgoという新しい遺伝子編集技術が発表され話題になり、世界中の研究者がこぞって再現をしようと実験したが、ことごとく失敗に終わる、ということがありました。最終的に技術に根本的問題があることがわかり、翌2017年にはNgAgoの論文は撤回されるに至りました。

 

 つまり研究結果のインパクトが高ければ高いほど、再現が取れなければ「この研究は再現が取れなかった」ということが話題になりやすいため、間違った知見が広まることはある程度阻止されるのです。

 

 また、例えば「Aは筋肉合成に効くと長年言われてきたが、実はそうではないようだ」等のように、ネガティブな研究結果であっても、それが長年信じられてきたことを覆すような内容だった場合はインパクトが高いため、ポジティブな結果ばかり発表されがちであるという出版バイアスに打ち勝って世に出ることになります。

 

 このように、科学の手法とは、時間がかかる代わりに間違った結果はちゃんと修正されていくという性質を持つものなのです。実際、科学は、間違いなく人々の暮らしに役立つもの、生活のクオリティーを上げるものを発見・開発してきたということにはみなさんも異論はないのではないでしょうか。

 

 科学的結論の本質、そして科学は完璧ではないという話、わかっていただけたでしょうか? 次回は今回の内容を踏まえて、ではなぜ“科学”を利用した広告は信用できないのかという話をしようと思います。

 

次回予告:【筋トレに使える科学的根拠:第4回】「科学的」を謳う広告がなぜ信用できないのか

 

(文・東原兄弟)

前回:【筋トレに使える“科学的根拠”の正しい理解:第2回】世の中にどれだけデタラメが溢れているか

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東原兄弟さんのプロフィール:

東原兄弟・兄(左)

 サイエンスと筋トレをこよなく愛する博士候補。東京大学農学部時代に生化学・生物物理・代謝・食のサイエンスを学び、卒業後渡米。ロックフェラー大学の博士課程に在籍中。
自律神経による心拍数制御の分子メカニズムを生物物理・生化学・細胞生物学的視点から研究。大学では体育会ハンドボール部に所属し、トレーニングの素晴らしさに目覚める。以降、サイエンスと筋トレを人生の柱に生きる。東原兄弟の頭脳担当として、栄養・生化学・サプリなどの情報を科学者ならではの視点から発信中。

 

東原兄弟・弟(右)

 筋トレとサイエンスをこよなく愛する修士候補。東京大学工学系大学院で、学部時代に引き続き電池の研究に従事。PS-PVDナノSi:Sn粒子を用いたLIB負極複合構造化の研究を行っている。大学では体育会バスケットボール部に所属。怪我がちな選手生活を通し、様々な種類のトレーニングを学ぶ。東原兄弟の肉体・イケメン担当として、トレーニングに関する情報発信や、自分の肉体成長記録を発信しつつ大会を目指す。

Twitter: https://twitter.com/toharabrothers

Blog: https://ameblo.jp/toharas-musclelifestyle/

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