【全日本大学選手権】ボート種目『男子エイト』、最強メンバー8人の漕手と1人の舵手で競う2000m決勝
■2015年8月23日(日曜日10:30~)
第42回 全日本大学選手権大会
(場所:埼玉県戸田市 戸田ボートコース)
原動機のない船を己のフィジカルのみで前進させていく競技『ボート』(競技大会はレガッタともいう)。8月23日、その大学日本一を決める大会「全日本大学選手権大会」の決勝が行われた。全国から約80大学が出場し、その年の大学頂点を決めるこの大会は、4年生にとっては最後の集大成となる。競技には1人で漕ぐシングル、2人で漕ぐペアなど男子女子含め様々な種目があるのだが、その中でも男子エイトと呼ばれる種目は大会ラストを飾る花形種目。これは各大学のフィジカル最強8人の漕手と1人の舵手によって競われる、最もスピードの出る種目である。この日、『男子エイト』決勝が行われるという情報をキャッチした筋肉バカは埼玉県の戸田市へと向かった。
戸田ボートコース。この長く美しい直線2000mの水上を各大学の選手たちは全力で漕いでいく。右サイドの丘に見える細い道路は、ボート選手(クルー)を応援するため、ボート部のメンバーや監督が自転車で並走する道路だ。
コースのゴール付近には多くのボートファンが集まっている。大会は朝7:30から始まっており、10時過ぎには各競技の決勝が行われていく。会場では、茨城大学ボート部OBの渡邊さんにボート競技について話を伺うことができた。
渡邊 史郎さん。新潟南高校ボート部、茨城大学漕艇部出身
2013東京国体強化指導員、国体優勝功労者 受賞(監督)。SEAスポーツ国際交流員講演講師、2014全日本マスターズ優勝(漕手)。現在は、Strong Care 代表としてアスリートからお年寄りまで身体のコンディショニングサポートをしている。
複数人で漕ぐ種目のボート競技は、どのような難しさがあるのだろうか。
「クルーで漕いでいるため、力の差があると進路が曲がっていきます。当然、途中で手を抜けません。ずっと本気を出し続けないといけないプレッシャーがあります。コックスがまっすぐ進むように舵取りをするのですが、微調整するだけ距離のロスになります。全員が全力を出し続けて常にまっすぐ進めるのがベスト。8人乗り(エイト)が一番難しいですね」(渡邊さん)
最もスピードが出るエイト種目だが難易度も最上とのこと。ゴールまでかかる時間は約6分。その間、全力で漕ぎ続けるスタミナが必要になる。その体力の消耗、息切れはすさまじく、ゴール後に疲労困憊になってうずくまるボート選手の姿はとても印象的だ。
取材中、渡邊さんの母校である茨城大学が男子のペア競技で8年ぶりに銅メダルを獲得した。
大学のボート部はどんな生活を送っているのだろうか。今も大体同じだろうということで当時の生活スタイルを教えて頂いた。
「合宿所で集団生活しながら、朝4時20分起床、7時には朝練習を終えます。朝ごはんを食べたらダッシュで大学へ向かう毎日。夕方は夕方でシッカリ練習をして、9時20分には消灯。7時間睡眠をとるようにするので遊びとか飲み会は断っていました。その生活が4年間続きます。」(渡邊さん)
大学生活を謳歌するなんてことは1ミリも感じさせないストイックな生活である。しかし朝4時20分起床は凄い。ボート部の朝はすこぶる早いようだ。また、ボートという競技で一番多い怪我について尋ねると、1位は腰痛であり、他には背中の痛み、あばらの疲労骨折などが多いそうだ。
(男子エイト決勝の時間が近づく)
ボート競技はイギリスの貴族や良家の子弟のスポーツとして広がった歴史を持ち、オリンピック第1回から採用されている。映画ハリーポッターにハーマイオニー役で出演していたフランス生まれの女優エマ・ワトソンの好きなスポーツの中にスカル(ボート競技)が入っているほどで、欧米ではとてもポピュラーで知名度の高いスポーツなのである。日本ではコースの少なさもあり競技人口数は欧米に比べると劣るのだが、ボートは世界ではどのくらい人気で注目されているのか。2012年のオリンピックの男子エイトがとても分かりやすい。
【参考YouTube動画】Rowing Men’s Eight Finals – GER CAN GBR – Highlights | London 2012 Olympics
ハイライト映像であるため数十秒に短縮されているが、各国の代表が熱戦を繰り広げている様子、また沿道を自転車で追いかけてる様子も良く分かる。 今からこれと同じレースを日本の大学生達が行うのだ。さぁ、いよいよ全日本大学選手権大会『男子エイト』決勝がはじまる。
■ 『男子エイト』の決勝は4チーム
(川沿いに応援者が集まる。ゴール付近は相当な密集地帯となる)
『男子エイト』の決勝は4チーム。日本大学、早稲田大学 、一橋大学、仙台大学。この中のピンクのユニフォームの日本大学は男子エイトを2014年時点で9連覇(9年連続優勝)している。これはとんでもない状況だ。大学日本一を9連覇……。圧倒的な王者である。この大会で優勝すれば10連覇になるが、日本大学の選手が抱えるプレッシャーもすさまじいに違いない。当然10連覇を阻止しようと早稲田大学 、一橋大学、仙台大学も練習を積み重ねてきた。果たして2015年の決勝はどうなるのか。
スタート位置はこちら。進行方向を背にしながら奥の位置からボートを漕いで来る。シーンと静まり返るスタート地点。大学4年生にとって、フィジカルの集大成。ピーンと水上に緊張が走る。
■合図が鳴った!決勝がスタート!
コース後半にいる早稲田大学の応援団が応援をはじめる。スタート地点を出発したばかりの選手たちにはまだ聞こえない距離だ。
レースでは500m、1000m、1500mと通過するたびに各タイムがアナウンスされる。500m地点上位通過2チームは9連覇中の日本大学と早稲田大学のようだ。 その後を一橋大学、仙台大学が追いかける。会場がどんどん盛り上がる。アナウンスが1500m地点を日本大学と早稲田大学が僅差で通過した事が分かるタイムを告げる。「早稲田が……来るかもしれない!」(観客の声)。最後にレースが動いた。
■ゴール大歓声!【2015年 男子エイト決勝】ボート・第42回全日本大学選手権 2000m
早稲田大学が日本大学を引き離した。男子エイトの優勝は早稲田大学となり、日本大学の10連覇を阻止。3位は一橋大学、4位が仙台大学という着順に決まった。
会場は歓喜に包まれ、応援者たちにガッツポーツをとる早稲田の選手たち。「すげー!! すげー!!」と沿道が盛り上がる中、応援していた早稲田の学生たちが何人も泣いていた。彼らは後輩やマネージャーたちだろうか。本当によかったと言いながら、涙ながらに互いの肩を抱き合っている。
■表彰式
(大合唱の早稲田とOB達)
優勝を祝って合唱が行われた早稲田陣営。しかしその横で、2位の日本大学、3位の一橋大学の選手が沈黙し落胆している。悔しさのあまり涙を流していた。自分たちも優勝する自信があった、そして誰よりも練習に打ち込んできたという思いがあるからこその悔しさや涙である。
(それぞれの大学の旗が昇り、見つめる選手たち)
昨年、某TV番組で一橋大学のボート部が特集されていた事を思い出した。当時の4年生のキャプテンはボートの大会が公務員試験と重なったために試験を見送りボート大会を優先し留年する事を決めた、というエピソードが放送されていたのだが、そのときに「公務員試験は1年先でも受けることができるが、スポーツで日本一になるのは、大学4年間の今しかない。そこに価値があると思っている」というようなコメントをしていた。つまり筋肉を鍛える事、先延ばしにできないフィジカルを試合にぶつけていく事の価値をボート部の彼らは知っているのだ。『男子エイト』の観戦でテストステロン値が上昇した筋肉バカは、熱戦を繰り広げたボート部の選手たちにフルパワーの拍手を送り、戸田ボートコースを後にした。
(文・遠藤大次郎 写真・筋肉バカドットコム)