【科学】筋肉を骨のようにして鍛える技術。”卵の殻”で負荷を分散!!
筋肉が生理的限界まで力を出すと骨折が起こる。それほど筋肉は潜在パワーを秘めている。
腕を直角に曲げ力こぶを作り、さらに前腕を頭のほうに向かって曲げようとするとき、
前腕の橈骨に付いている上腕二頭筋で限界の力を想像してみよう。
■骨の限界
人によって骨質差はあるが健康な成人の場合、45センチぐらいの大腿骨などのパイプ状の骨は端々に曲げをかけると720kgほどで骨折する。
これを長さと断面積の補正を橈骨に行うと160kgほどになる。
■筋肉の限界
一方筋肉の生理的限界はその断面積基準で15kg/cm2ぐらいである。
上腕二頭筋の力こぶは普通の人なら断面15cm2ぐらいだろう。
■骨の限界を超える値
すると橈骨には225Kgをかけることができ骨の限界を超えるという概算になる。
どこに力がかかるかも重要で、上腕二頭筋は橈骨の端々ではなく腱によって2cm2ぐらいの面一点でつながっている。
そこに力を集中させると、もう少し弱い力でも骨折が起こる気もする。
それが起こらないのは、人がよく頑張ったと思って力を出すときはせいぜい限界の半分位だからだ。
つまり112.5kg。
それを「鍛える」と筋力は30%はアップするというから142.5kg。
まだ大丈夫、橈骨は折れない。頑張っただ、鍛えただ、というのが心理的限界である。
※心理的限界 = 力を出すのがつらくなるからそれ以上はやめておこうということ。
■筋肉を無限に「鍛える」とじわじわと生理的限界に近づく?
しかし筋肉を無限に「鍛える」とじわじわと生理的限界に近づくことは知っておいたほうがよい。
無茶はいかんよと数字が語っている。
筋肉が働くためには、警棒のように硬い骨と、蝶番のように滑らかな支点が要る。
四肢の筋肉はそんな二つの相棒に恵まれているが、背骨に繋がった筋肉はどうだろう?
背骨は硬い椎骨と、動きの範囲の狭い椎間板とがたくさん組み合わさった特別な形である。
筋肉でどう引っ張られても、力は全体に分散され骨折はしにくい。無理もない。
中には神経が通っているのだから。
■ウエイトリフティング選手はどうしたらいい?
しかしそれでは、ウエイトリフティングのための筋肉を鍛えたい人にとっては不都合だ。
このスポーツほど背骨に負担のかかるものは無い。
ではどうするか。
■”卵の殻”で負荷を分散して鍛える
背骨部分を含め腹腔全体を大きな硬い卵殻のようにすると腹腔全体として全荷重を分散し受け止めることができ、それはより大きな荷重に耐えられて、「鍛える」ことになる。
まず息を吸い込んで止め、腹腔容積を大きくし、「腹に力を入れ」腹筋で腹腔を締め上げ、
内圧を大きくする。すると内圧と腹筋の力が拮抗して腹筋が固くなり、しっかりした卵殻が完成する。
(左図の下の丸)
背骨もその一部となって安定する。
腹腔容積を大きくするのは荷重が集中する点をなるべく荷重に近くして持ち上げやすくする目的もある。
(左図の上と下で黒い三角がその集中点。卵殻ができたほうが、手が持つ荷重への距離が短い)
卵殻がしっかりするということは体幹全体が四肢の骨のようになることだ。
そして荷重を持ち上げるのは背筋の働きである。
腹筋の力で腹腔内圧が高くなると、背骨が少々反ることになり、ちょうど背筋が収縮するような結果になる。
これをピストン効果といい背筋の力は40%ほど助けられるという。
(右図参照。)
いかにして腹に卵殻を作り、その真上に荷重を、その真下に全荷重を分散するよう骨盤を持ってくるかを意識するかである。
臍下丹田に気を集中するとは昔からの伝承だが、ウエイトリフティングでの鍛錬では,ぴったり一言で言い得て妙である。
かくして人は全身を鍛え、筋肉を骨のようにしてでもウエイトの記録をあげんとする。
大したもんだ。
おっと、骨は弱いかもというのが冒頭の話では?という皆さんへ。
橈骨(とうこつ)は曲げる話だった。
※橈骨(とうこつ)=生物学用語。 前腕二骨の一。拇指側にあり,尺骨と平行している管状の長骨。
ウエイトに対抗する腹部は圧縮の話である。
骨と筋肉を比べると圧縮では圧倒的に骨が強い。
こと腹部に関しては、筋肉は骨を見習わなければならない。
卵の殻も横からたたけば割れるが、結構、縦の圧縮には強いのだ。
——————————————————-
左図:筋力トレーニング科学の理論と実際/鈴木正之著/黎明書房刊
右図:目で見る動きの解剖学/ロルフヴィルヘード著/大修館書店刊
(文:大山重治【サイエンス・ライター】)
米国のイー・アイ・デュポン・ド・ヌムール・アンド・カンパニー社日本法人の要職を辞し、東京農工大学の学府で研究者の世界に復帰。専門は化学工学、プロセスシステム工学、生物システム応用科学。